交流について

私が探求者であったのは1993年から2000年です。28歳から35歳です。くしくも釈迦が出家した年齢で私も探求者となり、釈迦が悟りを開いた年齢で私も悟りを開きました。釈迦は修行仲間を弟子にし、多くの弟子を抱えました。釈迦は説法を文字にするなと言ったそうです。しかし弟子は釈迦の死後、それを文字にしています。私は自分の言説が文字になり、本になり、後世に残ることがそれほど問題だとは思いません。

 

私が探求者であったとき、師であるOSHOもうすでに死去しており、質問を師にするということはできませんでした。真剣な探求者であればあるほど、覚者に質問してみたいものだろうと思います。私がそうでした。したがって、真剣な探求者であるあなたにはその機会が作られました。私がこうしてウエブサイトを作っています。

 

探求者ではない人も、私に興味があるかもしれません。しかし私は占い師ではありません。すべての人のすべての質問に答えられるとは限りません。しかし興味があれば、どうぞ質問してください。私は私の境地から精一杯答えようと思います。

 

ただし精神疾患をお持ちの方からの質問にはお答えできません。それはご了承願います。

 

時間があれば、あなたたちと直接会う機会を作ることも可能かもしれません。個別に会うと、交通費がばかになりませんから、ある程度の人数で集まってもらい、交通費プラスアルファ、寄付という形で報酬を受け取りたいです。今のところ交流は無料ですが、将来的にはスピリチュアルマスターを仕事にしたいと思っています。その場合、説法を聞くにはお金がかかるような仕組みを作らざるを得ません。質問に答えること、カウンセリングやセッションのようなもの、グループやリトリートのようなものにもお金を支払っていただくような仕組みを作りたいとは思っています。

 

 

瞑想スクールを運営したいと思いますが、拠点は京都あるいは東京あたりがいいと自分では思っています。いい場所があればいいと思いますが、ある程度マスターとして認知され、収入があるようにならないと、そういう場を作ることは難しいです。英語は得意でしたから、外国人の探求者を受け入れることも考えています。

 

私は子供のころ小説を読むのが好きで、作家になりたいと思いました。それは子供のころ思った唯一の仕事でした。しかし今は違います。成長すると、私は探求に引き寄せられ、OSHOの本に出合ったのが20歳ころですから、大人になってからは探求一筋といったわけです。そういうわけで文章を書くのは得意なほうです。そういうライターのような仕事もしていました。しかし真に探求者のことを思えば、覚者のそばで瞑想することが最高の修行なのだろうと思います。瞑想スクールという独特の場を作りたいと思います。

 

悟りを開いたというと、たいそうなことに聞こえます。実際わたしにとっても、多くの覚者にとってもそれはたいそうな出来事であります。しかし普段の私が町に出て買い物したり、飲食店で食べたりしていても、誰も私が覚者だとは気づかないでしょう。悟った直後こそ悟り臭さがあったとはいうものの、現在の私は、ごく普通の暮らしをしています。

 

人が集まって瞑想することの価値はそれほどないと私は思います。探求はそもそも個人的なものです。個人の内面の修行です。

 

しかし瞑想的な空間、というものの価値は認めます。人が集まって瞑想をしたり、覚者の言葉に耳を傾けたりすると、独特の雰囲気の場ができると思います。私の過去を思い出しても、最初に訪れたOSHOのコミューンでの経験は最も実りあるものでありました。

 

私もそういう場をいつか作りたいと思います。