ニケットの探求記(追記)

ニケットは子供時代から探求に縁がありましたが、既存の宗教、例えば仏教などに惹かれることなく、OSHOの弟子になりました。インドのコミューンにも、日本の瞑想センターにもたくさんのセラピー、瞑想会などがあります。1993年当時まだ新しかったアロマテラピーやオーラソーマといったものに初めて触れたのもインドでのことでした。それ以外にもカラーパンクチュアー、パワーストーン、タロットカードなどいろいろなワークがあります。セラピーにも種類がたくさんあり、ボディーワーク(マッサージ)にも種類がいろいろあります。しかしニケットはそれらのどの専門家になる道も選びませんでした。したがってグループや瞑想をリードする経験としてはあまりないというのが実情です。しかし悟っていることが師となる資格であることは言うまでもありません。なまじ瞑想リーダーなどになったり、セラピストなどになったりすると、実際の悟りから遠のいてしまうのではないかとすら私は思います。

 

私の探求記を読んでもらえばわかるように、私には生活すべてが瞑想でした。座ってやる瞑想はあまりやっていません。本当の探求者にとって探求の道は険しいと言わざるを得ません。今から思ってもひどい生活をしていたものだと思います。イエスキリストは「金持ちが天国の門をくぐるのはラクダが針の穴を通るより難しい」と言いました。釈迦は色欲を逃れるために弟子に「女を見るな」と言いました。覚者といっても様々です。OSHOのようにロレックスのすごいのを腕にはめ、理由はともかくロールスロイスを100台もそろえるというのは極端に思えます。私には一台の普通車で十分です。外車に乗ってみたいという気持ちはあります。おしゃれだからです。安全そうでもあります。

 

知らない人のために書きますがOSHOはアメリカにコミューンを作りましたが弟子の不祥事が重なってアメリカを追放されています。コミューンは解体されたようです。当時のことは古いサニヤシンに聞くくらいであまり知識はありませんが、書籍に当時のことを書いたものが出ています。

 

OSHOは太く短く生きてしまったマスターでした。多くの弟子を集め、ワークも生存中に世界規模なものになりました。私は長生きしたいです。彼は50代で世を去っています。

 

私はこれを書いている現在52歳です。まだ世にはほとんど知られていません。今後ワークを主体にしていきたいと考えています。いろいろな探求の伝統を見るとどれも興味深く、よくできているなという印象です。これから探求を始める人にアドバイスがあるとすれば、師を見つけること、真摯な探求者であること、となります。禅など伝統的な道は息絶えてしまったかのように見えます。悟っている人はいるのだろうかといつも思います。仏僧はたくさんいるけれどほとんど釈迦の言葉の繰り返しで糧を得ています。悟っている仏僧がいるのなら会ってみたいと思います。どなたかご存知ないですか?

 

ともかくいろいろな神秘的なものや伝統的なもの、いろいろな瞑想に興味を持つことはいいですが、探求者にとって悟りに至る道は独自な個人的なものになるであろうとだけは言えます。安心して師に任せることです。私は自分自身が師でありますから、みなさんにOSHOの弟子になることを勧めはしません。私は真摯な弟子を探しています。達磨のようにです。では。