ニケットの探求記③

たばこを吸うのですら瞑想だった。私は毎日ひと箱吸っていた。日々はあっという間の流れた。大型の四輪駆動車は手に入れたがパートナーには巡り合うことがなかった。ともかく私は35歳になっていた。雇用保険が出ていたが、私にはそれが十分であるよううに思えていた。欲というものもどこか変化してきていた。遠くに出かけても、いつも行き当たりばったりで、いいものを食うわけでもなく、贅沢をすることなど一度もなかった。名所を訪問することもなく日本各地をドライブして回っていた。

 

第三の目が開眼するような経験はあった。涙で感謝の気持ちがあふれる日々があった。どこかしら常に自分を悩ませていた仕事や金やパートナーのことが気にならなくなってきていた。私は実家にいた。本来ならどこかで一人暮らしすればよかったが母親のことが気がかりだった。家にいることは楽なことではなかった。父親の理解は得られなかった。母親も理解してくれていたわけではなかった。しかし放任してくれてはいた。ともかく私は一歩ずつ探求の道を歩み、悟りへと近づいていた。

 

多くのサニヤシンを見たが本当の探求者には出会うことはなかった。ある人はボディーワークに取り組み、ある人は瞑想センターの運営に取り組み、ある人はセラピストだった。ある人は無職だったし、ある人は社会人だった。しかしどの人もどこか生ぬるかった。私は何者でもなかった。探求のために働いたりしてはいたけれども、何かになれたわけではなかった。司法試験を受けようと考えたこともあった。安定した生活と仕事がほしいという気持ちは常にあった。しかし悟りの前だけはそういう考えに悩まされなくなっていた。

 

和尚の瞑想センターで、「OSHO!」と叫べなくなってから、私は心の深いところで理解していた。何かが終わりに近づいている、そういうことを。ともかくも部屋にはたんすと机といすがあり、机の上にはパソコンと灰皿があった。財布の中には雇用保険で得た金があり、たばこのせいでたいして贅沢な食事をしたいとも思わなかった。部屋の壁にはOSHOの写真があり、それはどこかニヒルな笑いをたたえたOSHOの写真だった。押入れの中にはOSHOの本だけがあった。

 

思考は霧のようだった。思考というかマインドというか、なんとも言えない白い霧が私を包んでいた。悟りの直前、私はOSHOの本「ディヤンスートラ」を読んでいた。その中に、悟りが近いとき、息を止めて瞑想するぞ、瞑想するぞ、と唱えるというテクニックが紹介されていた。まさかそれを実際にやるとは思わなかった。

 

私は何かがピークを迎えていることに気づいていた。ドライブするときには必ず助手席にOSHOのマラ(数珠)をかけていた。私は探求が進む中で、怖いと感じることもあった。しかしマラがお守りだった。私はOSHOに完璧に明け渡していた。完璧な弟子だった。私は内面の衝動のままドライブし、そしてそれが瞑想になっていた。

 

息を止めて瞑想するぞ、瞑想するぞ、と唱えた。そうする必要があると感じた。白い霧があった。それは私を包んでいるようだった。イメージもあったのかもしれない。感情もあったのかもしれない。ともかくそれはこころそのもののようだった。集合意識というものだったかもしれない。

 

霧が晴れるようだった。私は座っての瞑想もしたかもしれない。

 

私はOSHOのマラを首にかけて死んでいく自分をずっと想像していた。悟れるとは思ってはいなかった。それは遠い遠い目標であった。

 

そんな中、横になった私に草原で死にゆく少女のイメージがやってきた。どうして少女だったのかはわからない。自分の中の女性性であったのかもしれない。少女はマラを首にかけているようだった。草原はすがすがしく、少女はただ目を閉じて眠るように死にゆくのだった。

 

そのことがあって、私にとってもはやマラがお守りにならないのだということに気づいていた。あとは自分一人で行かねばならない、そんな理解が心の深いところにあった。

 

私はなぜか壁にあったOSHOの写真を床に置いていた。それに礼拝すると、私はもはや師が、OSHOが不要だということに気づいた。それは悟りの直前だった。

 

私はたばこを買いに出かけた。途中少年の自転車にぶつかりそうになった。足取りはリラックスして、いつものたばこの買い出しだった。自販機に金を入れ、ボタンを押すとぽとりとたばこが自販機の取り出し口に落ちた。その瞬間自分は悟ったのだという理解がやってきた。

 

私の探求はそうやって終わる。実際には悟ってからが大変だった。悟りは死のようなものである。禅では「大死」と呼ぶらしい。ともかく私は悟り、ノーマインドになった。マインドの防御がなくなった。自動機械のようなマインド。集合的、個人的マインド。私は初めて人類というものを客観的に見た。自分とは違う種類の人たちを感じた。

 

開けた窓から風が吹き込んだ。同時に闇が、漆黒の闇が入ってくるようで身震いした。